総義歯(その1)

新しい総義歯を作ったのに全く入れることができないということで来院されました。そういった場合でもその義歯を見せて貰うことで重要な情報を得ることができることがあるので、持参していただきます。その結果、再製することになりました。

総義歯用の印象用トレー。それぞれにサイズのバリエーションがあります。

下顎用のフレームカットバックトレー。今回は大きな骨隆起があったため使用しませんでした。

かなりラフな模型です。

青丸の中は気泡です。印象のミスなのですが採り直すまででもありません。赤丸の中が骨隆起。

上の模型を使ってこのような印象用のトレーを作ります。

そしてまた模型を作ります。まだラフな模型ですが、上の白い模型よりは良くなっています。上顎の真ん中が薄くなって穴が開いてしまいましたが、これもあまり関係ないのでそのまま作業を進めます。下の模型は落として割ってるし(汗)。

上の模型を使ってまたこのような印象用トレーを作ります。ピンクの部分はロウでできていて融かしたり継ぎ足したりすることができます。大体の噛み合わせの高さを探って噛んだ状態で型を採るためのトレーです。上顎の義歯では必要ないことも多いのですが、下顎は口を閉じた状態で印象したいのです。

印象が終わって(写真は撮り忘れました)上顎は金属床のプレートを作ります。下顎はレジン床。これで二回目の噛み合わせをとります。

銀色の部分が下顎骨隆起。邪魔ですが外科的切除をしないので仕方がありません。必要性を必ず説明していますが外科的な除去手術をしたケースは今のところありません。ご希望があれば病院口腔外科に紹介依頼することになります。

この骨隆起が邪魔になって、義歯の吸着(歯茎に吸い付くこと)が得られない可能性が高くなりますから、義歯の安定剤が必要になるかも知れないことを説明しておきます。入れ歯の安定剤は色々なものがありますが、ゴムのような厚みのでるものは、このように新しい隙間のない義歯では使ってはいけません。厚みがあると言うことは咬み合わせが変わるということだからです。粉末の糊のようなものがありますからそれが良いです。もちろん使わないで済めばそれがいちばん良いです。このケースでもこの隆起がなければ吸い付いて外れない義歯が作れると思います。上顎においても口蓋をくりぬかないと気持ち悪くて入れていられない方が居ます。骨が入れ歯の形に沿って減ってしまうので避けたいのですが無理だったことを何回か経験しています。その場合も安定剤(接着剤)を使うことはあります。

フェイスボウトランスファーという作業を行って咬合器に仮のマウントをした状態。ゴシックアーチトレーサーという装置も装着しておきます。これを使ってもう一度咬み合わせを記録して付け直しをするのでこの段階では下の模型は仮付けになっています。

ここまで型採りが3回。咬み合わせを採ること3回です。下顎はさらに歯が並んだ状態になってからもう一度それを使って型採りをすることもあります。ここまで、金属床のプレートは技工所に出していますが、それ以外の技工は全て私がやっています。デジタルの介入するところ皆無ですが、おそらくこれも将来的には変わっていくと思います。治療用の義歯を使って最終義歯を作っていくような方法では、義歯のデジタルコピーができると術者も患者も時間の制約から解放されると思います。

ちゃんとした入れ歯を作るにはそれなりのステップを重ねて治療を進めていく必要があります。ただしここで書いている手法はあくまでもその一例で、もっと別のアプローチもあります。

長くなったので続きます

入れ歯と保険

この写真は下の文章とは関係ありません。

歯の神経の穴とかデジタルスキャンとか、ヲタクで細かいことばっかり書いていますが、実は私は大学を卒業して総入れ歯の医局に5年ほど居ました。義歯の臨床は好きなんです。

さて、Sさんは他院にて12回も下の部分入れ歯の調整に通ったのに全く良くならないと仰って、「浮気してごめんね」と言いながら久しぶりに当院に来院されました。い、いや、Sさん、私のお袋と言っても良いお歳です(笑)。

入れ歯の調整の保険点数がどのくらいなのかもう忘れてしまいましたが、たぶん異常に低かった思います。もしかしたら再診料しか請求できないのかもしれません。前医には時間を掛けてちゃんとやれば解決できるのに、経営を考えると時間を割くことができないという大人の事情がきっとあったのです。

90分ほど時間を掛けて、義歯に沈下防止の装置を新たに追加して粘膜調整を使いました。数日後、Sさんは何でも噛めるようになりましたと喜んで、義歯治療をご希望のご友人ををご紹介くださり、その方に付き添って来院されました。たまたま上手くいっただけかもしれませんが、ちゃんと丁寧に治療して見合った報酬を受け取ってお互いに感謝しあうというのが理想的だと私は思います。

患者さんには保険での歯科治療を拒否するという権利があります。お店でそっちじゃなくてこっちの、高くても品質の良い方をくださいと買い物をするのとニュアンスとしては同じです。そこでお店選びが重要になるわけですが、これが難しく、ネットの情報なんて信用してはいけません。と、さんざん書いてる私が言うか(笑)。

11年経過のPFMブリッジと局部金属床義歯

上顎前歯にメタルボンドブリッジ。臼歯はパーシャルデンチャー。下顎は予後が読めなかったので治療に介入しませんでした。その後下顎の前歯(右下1番)を抜歯してレジンの歯を接着させてあります。

この度、義歯の歯が欠けてしまったので来院されました。上顎は安定しています。

セット時
セット時
11年経過 黄ばんでいるように見えますが写真の露出のせいです。セラミックは一切変色しません。
11年経過 拡大

決して良好なブラッシングではありませんが、上顎はあまりプラークが付いていません。従って歯肉の炎症もありません。セラミックはプラークが付きにくく歯肉に優しい材質です。高い精度で治療に介入することが結果的に長期に歯を守るということもあるのかもしれません。オーバートリートメントとの線引きはとても難しいので簡単に答えは出せませんが。

セット前のブリッジ

このように義歯とクラウンを併用する補綴治療ではメタルボンド(金属焼き付け陶材冠)を選択します。義歯のクラスプ(バネのような維持装置)との相性が良いのです。

10年を安定して経過したということは、まだまだ当分は安定した経過を送ると思われます。10年前の健康への投資が成功したということですね。めでたしめでたし(^^)。