ザ・デンタルフィロソフィ

今回は自分語りですので読みとばして下さい。先日、あるセミナーを受講して昔のことを思い出したのです。

大学を卒業したてのころの私は、入局した医局が総義歯の講座だったこともあり、補綴学が面白くてもっぱらその勉強の日々でした。当時はナソロジーという咬合理論が広く支持されていて、その重鎮の一人がピーター・ドーソンというレジェンドでした。氏の「オクルージョンの臨床」を何度も読みかえしたあの頃が昨日のことのように甦ります。

そんなある日、大学病院の地下一階の書店で、いつものように専門書の立ち読みをしていると、歯科医学書っぽくないこの本のタイトルの下にドーソンの名前を見つけ、引かれるように手に取って表紙を開いたのでした。我が邂逅の時です。

セミナーは臨床の話でもなく、増患とか増収とか経営とかの、もの悲しいコンサルでもなく、まさしく歯科医療のフィロソフィーを語るものでした。講義の根底には間違いなくこの本があると思います。

1987年に出版されていますから、30年の歳月が流れました。カバーも中身もすっかり黄ばんでしまいましたが、書いてある哲学は色褪せることなく時を超えて確かにここにあります。ずいぶん遠回りをしてきましたが、プロフェッションとしての歯科医師の理想に向かってもう一歩踏み出そうと思っている私の背中を、再び押してくれた私の中のエバーグリーンです。

ボーンスプレッディングによるインプラント埋入

通常インプラントは骨にドリルで穴を開けて埋入します。ドリルの太さ、長さがインプラントと同一の規格になっており、ピタッとはまるのです。充分な骨量と丈夫な骨があればそれで何の問題も無いのですが、スポンジーな骨だったり骨量が足りない場合はなるべく骨を削りたくないわけです。削った分は無くなってしまうのですから。

そういう場合は上の画像のような器具を使います。ドリルではなくネジのような器具で骨を押し広げて埋入窩を形成します。私は上顎のインプラントではこれをよく使います。埋入方向がドリルより難しく、柔らかい方向に(大抵頰側に)傾いてくるということに気をつけなければなりませんが、良い方法だと思っています。今回も上顎臼歯の歯根破折で抜歯した部位で頰側骨が吸収していたケースに無事埋入することができました。

総義歯

総義歯は粘膜に吸盤のように吸い付くことで安定します。部分入れ歯のように残っている歯に引っかけて維持を求めることができません。
下の写真は上顎総義歯の印象です。後ろの方の辺縁の厚みを確保して吸着を得ました。このケースはここが薄いと簡単に外れてしまいました。シリコン印象は印象を外してからもう一度口に戻して吸着を確認することができます。そういうことをしても変形しないからです。印象材は石膏、酸化亜鉛ユージノール、コンパウンド、チオコールラバーなどを使ってきましたが、今はシリコン印象一択です。ボーダーモールディング(日本語だと筋形成)と言って、義歯の辺縁を決めていく作業があるのですが、それも専用のシリコンです。以前はスティックコンパウンドという材料を使っていました。無駄に難しかったです(汗)。

 

下の写真は下顎の印象。上の写真とは別の患者さんです。下顎の総義歯は口を開けて印象すると吸着を得るのが難しくなります。従って口を閉じた状態で型を採れるように型枠(各個トレーといいます)を作ります。閉口印象といいます。この形をそのまま義歯の形にします。

 


これはゴシックアーチトレーシングという噛み合わせをとる方法です。総義歯の咬み合わせをとるには最適だろうと思います。エラーが出にくいのです。

大学を卒業して入った医局が総義歯の医局だったので、技工まですべて自分でやっていました。当然多くの症例を経験しました。同じ患者さんに違う方法で複数の総義歯を作って比べてみるなんていうこともやりました。切ったり削ったりという行為がないので、つまり患者さんの体にマイナスのことをやっていないので、正しいかどうか解りませんが倫理的にOKだと勝手に思って、顔見知りの大学病院の職員の方などに患者さんとして協力してもらって総義歯を作っていました。私の総義歯臨床の宝物です。そんなことは、あの時代の大学病院以外ではたぶんできませんから。

他の分野と違って総義歯の治療は技術が陳腐化することがあまり無いので、その頃の知識や技術が今でも通用します。例えばこの本なんて昭和48年の初版ですが立派に使えます。本の上に写っているのがハノー咬合器です。私としては総義歯には最強の咬合器だと思っています。