抜髄(ばつずい)

歯の神経を抜くことを抜髄といいます。自由診療専門医院だからだと思うのですがこの治療が滅多にありません。そもそもの患者数が少ないということもありますが、年間数本あるかないかです。殆どの根の治療はすでに神経がない歯の治療、つまり再根管治療です。

深いむし歯です。冷たい物にはしみるそうです。持続する痛みはありません。症状だけからは歯髄保存療法が適応のように思われますが、この位置のこの大きさのむし歯では抜髄になってしまう可能性が高いことを説明し治療に着手しました。

インレイを除去すると中はグチョグチョに柔らかくなっていて、それを取り除いていくとすぐに露髄(神経が露出すること)して出血しました。歯髄保存には止血が重要なのですが止まりません。すぐに諦めて抜髄することにしました。歯肉の下まで広がるむし歯なので歯肉を切除してなんとは隔壁を築こうとしますが、歯髄からの出血をなかなかコントロールできません。なんとか不完全ながらも作ってその後歯髄を除去して血液に触らない状態になってから、改めて隔壁を修正しました。感染根管の場合はすでに感染が起きているので着手時にはそこまで神経質にはならないのですが、抜髄の場合はなるべく早期に口腔内と隔離したいのです。根の中にバイ菌を触れさせない。これが最も重要です。

痛みの原因の歯の特定が難しかった前歯

大きな穴が空いているとか腫れているとか簡単に痛みの原因の歯を特定できることが殆どですが、それが難しいことがあります。

初診時のレントゲン。この辺りが痛い。一日に数回、数分間痛い。ご本人は真ん中に写っている差し歯だと思うとおっしゃいます。治療して20年ほど経っているとのことです。

しかしこの歯の所為だと診断するような症状ではありません。この歯ならば咬合痛があるはずです。ただ下のレントゲンで解るようにこの歯は連結されているため咬んでもらって1本1本の反応を見るという診断法方は困難です。根尖に病変は認められません。結局この日は確定診断には至りませんでした。患者さんの訴えと実際の痛みの発生部位が異なる歯痛錯誤が生じることは多々あります。この日は鎮痛剤を処方して経過を診ることにしました。鎮痛剤が効くかどうかも診断の一助になります。

数日後。痛みは強くなっています。さらに下の前歯も痛い。犬歯も小臼歯も奥歯も痛いような気がすると訴えます。放散痛という症状です。そして熱いものを食べると痛みが出るようになったそうです。歯髄炎の症状が出始めました。しかし拍動性の疼痛が続くようなことは無く夜眠れないほどの痛みというほどでもありません。ここが腑に落ちません。

急遽来院していただきました。その頃には咬むと痛いという症状も出ていました。冷たいものにしみることはありません。その日は治療をする時間は確保できなかったのですが、診断のために麻酔を打ちました。麻酔診という方法です。麻酔は数本の歯に奏効してしまうので限界はあるのですが、なるべくピンポイントで少量の麻酔薬を使い拡散する前の段階で痛みの変化を観察します。痛みは消えたので高い確率で左上の中切歯の歯髄炎と診断しました。

治療は裏側から金属に穴を開けて慎重に削っていきます。そもそもの歯の形態が人工物に置き換わっているので外形から歯髄の位置を想像することができませんから適切な位置で適切な方向と大きさで歯髄に到達するのは神経を使います(神経だけに(^^;)。

小さくピンポイントで到達した歯髄腔はもう空洞の状態でした。出血も排膿もありません。その状態からするともっとずっと前に壊死していたと思われます。訴える症状が典型的な歯髄炎のそれでは無かったのはそういうことだったのでしょう。診断が的中したとは言えませんがそれでも治療すべき歯が間違っていなかったのでホッとしました。ただどうしてこのタイミングで痛みが出たのかは分かりませんでした。下のレントゲンは根管内にリーマーを入れて確認しているところです。歯の真ん中辺りにうっすらと黒っぽく見えるのが裏から金属に穴を開けたところです。クランプが写っていないのでラバーダムをしていないように見えますが、そんなことは勿論ありません。下の動画を見てください。

根充後のレントゲン。この段階になって根尖に透過像のようなものが現れています。上のレントゲンから数日しか経っていないのでこれも不思議です。不快症状はほぼ消えています。

通常なら一回の治療で全てを終わらせますが、このケースでは少し慎重になりました。後日、患者さんからわざわざ新年のご挨拶と共に良好な経過のご報告がありました。
めでたしめでたし(正月だけに(^^;)。

神経の治療を一回で

既に神経を抜いてある歯の再治療の場合は難しいのですが、神経を抜く治療(抜髄)は、特に前歯の場合は殆どは一回で終わります。といっても抜髄は滅多にないのですが・・・。

このケースでも生活歯髄保存療法は可能だったと思いますがその後に続く補綴治療を考えて抜髄を選択しました。詳しい理由を解説するのは長くなるのでここでは省きますが長い目で見てこれが最良だと判断しました。

抜髄は感染さえさせなければ成功率は高い治療です。なので感染の機会を少なくするために一回で終わらせるのがベターなのです。教科書どおりにやれば成功率は90%を軽く超えます。