医療におけるナラティブとエビデンス

日頃ここに書いてることをお読みの方は、私を完全に機械論者だと思うでしょう。しかしその日の天気の話題がその日の治療を開始するに当たってもっとも有効であるということはあるのです。

エビデンスは科学的根拠として重要です。客観的に治療方針を決定するものであるのかもしれません。しかしEBM(evidence-based medcine 根拠に基づいた医療)を臨床で行う能力には個人差がありその点で非常に主観的です。私は歯科治療においてエビデンスに忠実であろうとしていますが、技術的なハードルは常に目の前に立ちはだかっています。そしてエビデンスは治療の成功を保証するものではありません。

この本の内容すべてがそのまま歯科医療に応用できるとは思いませんが、私を含めて歯科医師は技術論ばかりを語りたがる傾向があります。(語れないのはそれはそれで問題です)保険診療をやめてから患者さんと話す時間は何倍にもなりましたが、振り返ると以前よりその時間を治療の話ばかりに費やしているかなと少し反省しています。

インフォームドコンセント。それは説明と同意と訳されます。しかし私はもう一歩踏み込んで、患者利益の追求と意思決定のサポートと考えています。畢竟、話題は歯の話ばかりになってしまいがちです。

ナラティブとは患者さんが語る物語です。物語とは語る人間とそれを聴く人間がいてはじめて成り立ちます。忘れないように、そして大事にしよう。

歯性上顎洞炎の疑い

耳鼻科の先生からご紹介を頂いたケースです。

ヘリカルスキャンで撮影された画像。赤い線で囲まれたところが上顎洞の病変です。反対側は真っ黒に写っていますがこれが正常です。空洞なのでこのように黒く抜けるのですが何らかの貯留物があると白くなります。

上顎洞炎は歯とは無関係にも発症しますが、このように片側に現れて周辺の歯に根尖病変がある場合は歯性上顎洞炎の可能性があります。このケースでは7番が失活歯で病変もあったので治療に介入しました。

ヘリカルスキャンCTでは読像に限界があるので当院でコーンビームCTでの撮影を行いました。

動画でも解説していますが、遠心頬側根管は未処置でした。

しかしこれが上顎洞炎の原因だと特定することはできません。治療して経過を見て初めて確定診断が可能になります。歯科医師としてできることは歯内療法を行うか抜歯をするかしかありません。抜歯は最後の手段であるべきで、最悪の結果は抜歯はしてみたが上顎洞炎は治癒しないということです。

幸い、担当の医師とは情報を交換する時間を取ることができたため、上手く連携することができています。耳鼻科医に直接お話を聞くチャンスはなかなかありませんからこのような機会があったことは幸運でした。

 

歯内療法に生かす根管解剖

透明標本と顕微鏡写真とCT画像とレントゲン画像がとても美しく、時間を忘れて読み耽ってしまいました。
透明標本の写真はまるで蟻の巣のようで、それは複雑系の例によく出てきます。こんなものを相手にしているのですから最初から勝ち目は無いのかも、なんて思いながら勝ちに行くのです。